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関口の漏電・放電
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2004.09.29
パートナー
アテネオリンピックが終わってから、金メダルを手にした選手がテレビによく出ていた。「どれだけ苦労して勝ったか」をドキュメントにして特番までやっていた。しかし、もう1つのオリンピック『パラリンピック』も開催されているのだ。障害者がハンデを乗り越えてオリンピックに出場している姿はカッコイイのだ。今回はそんな話をしてみたい。

人間が「出来て当たり前」と思っているのは、喋ることとも含めて「歩く」とか「走る」なんてのも普通なんだよね。だけど、1つでも欠けていると『問題』となって普通じゃなくなる。それは犬も同じで人間から見て4本肢で歩いて「ワン」しか言えなくて「毛だらけ」ってだけで、人間より劣っていると決め付けて格下に見るのはおかしいと思うのだ。走ったって、匂いの嗅ぎ分けだって音の変化だって数段、犬の方が優れているのにその部分以外は全て否定している。更に勘違いしてる人に言わせると「犬は車運転できねぇだろ」と意味不明なことを言い出すのだ。生身の体で犬とガチンコ勝負して人間は勝てるだろうか?相手になる犬は大型の闘犬だったら無理でしょ。車椅子を使って、歩ける人が競争しても絶対勝てないのだ。だから健全者が障害者の方が参加するパラリンピックを『格下』なんて思わない方がいいのだ。

過去にこんな話を聞いたことがある。

パラリンピックで『マラソン日本代表』を狙っている障害者の人がいる。まだ正式種目として認定されていないのだが、認定された時に代表になれるようにと頑張っているのだ。代表になるには歩けることが第1条件で走ることも当然含まれるんだ。そうなると当然『目が不自由』となる。目が不自由だと1人では走れないし、危険がいっぱいでしょ?そこで登場するのが『盲導犬』なのだ。盲導犬がどういう躾けをしてるかある程度は知ってると思うんだけど、盲導犬は犬として大きなハンデを背負っているのだ。理由は「走ることが少ないために体力がない」ってこと。そこで人間と盲導犬で1つになりお互いのハンデを助け合うのだ。人間はパートナーになる犬を気持ちで励ましながらゴールを目指すし、犬はパートナーである人間の目となり気持ちで助けゴールを目指す。犬と人間が協力して初めて走ることができるのだ。ハンデがある生き物同士がパートナーになって力を合わせることで、大きな壁を乗り越えれるそうだ。マラソンと言っても10km位なんだけど、いろんなドラマがあってかなりキツイとのことだ。ただ、公認競技にならないのは参加希望全員に『盲導犬が与えられない』ということで公認として認められてないそうだ。残念なのだ。

これを聞いた時「自分に何ができるだろう」と考えたが、ボランティアの難しさに疲れて、結果何もしていない。そんな自分に「情けない」と思った気持ちは今でもある。自分が目が見えなくなった時『挑戦する気持ち』が沸いてくるような精神でいれない気がする。僻みっぽくなってさ。「パラリンピックとは究極の精神の戦いでもある」と思うのは俺だけだろうか・・・。きっと人間は、挑戦する気持ちを忘れないようにしないといけないのだ。

今日の犬になった気持ち

   「いっしょに走ろうと言ったのに、次の日は自転車だった」

無理無理!絶対無理。俺は「楽」と言う文字が好きですぐに走ることを諦めました。散歩として愛犬と歩くことはできるだろうけど「ダイエットのため」とか「健康のため」と考えても、情けない話だけど次の日仕事にならないのだ。ゴメン!チビ達・・・。

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